大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和46年(オ)803号 判決 1972年11月28日

上告人

小林ヤエコ

外三名

右四名訴訟代理人

水谷省三

被上告人

地蔵院

右代表者

奥田二恵

右訴訟代理人

林武雄

主文

原判決中上告人らに関する部分を破棄する。

右部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人水谷省三の上告理由について。

原審の適法に確定した事実は、次のとおりである。

被上告人代表者奥田二恵およびその協力者訴外上原喜作の両名は、昭和二九年一二月二六日夕刻頃から翌二七日朝にかけて以前被上告人所有の土地の売却斡旋方を依頼したことのある訴外池田辰二外数名の者に監禁され、右斡旋の礼金代りとして奥田個人所有の土地を提供すべき旨脅迫を受け、遂に奥田は、同月二七日右土地につき所有権移転登記手続をするのやむなきにいたり、これを喝取されるにいたつた。ところが、さらに被上告人所有の第一審判決別紙第一目録記載の土地(本件土地)も池田らに狙われているところから、同日午後七時頃奥田および上原は、訴外亡加藤徳治その他関係者らと一宮市において会合し、本件土地が池田らに喝取されることを防止するための方策について話合いを行なつた際、上原は、本件土地につき奥田の押印のみをもつてしては所有権移転の実質的効果を収めえない登記方法として保存登記(上原はこれをもつて所有権移転請求権保全の仮登記を意図していたように窺われるが、同人は右のごとく保存登記と称していた。)を講じたらどうかなどと発言したが、その場では漠然とした話合いに終始し、定かな結論をうるにいたらなかつた。しかし、さらに同日夜半奥田、上原、亡加藤その他右関係者らが被上告人方に集つた際、亡加藤は、奥田が本件土地につき所有権移転請求権保全の仮登記をしておけば池田らからこれを喝取されることを防止しうるものと信じており、かつ、登記等に関して無知であつたのに乗じ、かねて用意しておいた本件土地につき譲渡担保契約によつて所有権移転登記手続をするに必要な諸書類の署名・押印箇所を奥田に提示し、単に登記手続に必要だからとのみ告げてこれに署名・押印を求めたところ、前夜来の監禁事件以来一睡もせず疲労困憊していた奥田は、右諸書類をもつて、上原のいう前記保存登記に必要な書類とたやすく信じ、これを仔細に閲覧検討することもなく、亡加藤の指示するままに、右書類中不動産売買契約書の売渡人欄に署名・押印し、その余の書類の押印箇所には亡加藤に自己の印鑑を使用押印させて右登記関係書類を作成し、亡加藤は、これを用い、昭和三〇年一月一二日受付をもつて本件土地につき自己のため所有権移転登記手続を経由した。そして、本件土地中八の土地は二度にわたつて分筆手続がされて第一審判決別紙第二目録記載のとおりとなり、そのうち二の土地につき昭和三二年九月七日受付をもつて上告人東のため売買を原因とする所有権移転登記手続がされ、一の土地につき昭和三二年一一月一日受付をもつて上告人小林らの被相続人小林金次のため売買を原因とする所有権移転登記手続がされ、また、本件土地のうち一〇の土地につき昭和三二年一二月二〇日受付をもつて上告人加藤のため全所有権の一万七〇〇〇分の六三〇七の所有権の一部移転の登記手続がされ、次いで昭和三三年二月二四日右土地につき共有物の分割を原因とし、分筆手続のうえ、第一審判決別紙第三目録記載の一、三の土地は亡加藤の、同二の土地は上告人加藤の各所有となつた旨の登記手続が経由されているというのである。

右認定事実によれば、被上告人代表者奥田は、池田らから本件土地を喝取されることを防止するため、これにつき、他と相通じ、原因がないのにかかわらず原因の成立を仮装して所有権移転請求権保全の仮登記手続を経由しようとして、亡加藤の提示した所有権移転登記手続をするに必要な諸書類に署名・押印等をしたところ、同人は、ほしいままに右書類を用いて本件土地につき所有権移転登記手続をしたのであつて、本件土地につき、被上告人の意図した仮登記手続こそされなかつたが、被上告人において仮登記の外観を仮装しようとし、そのことによつて本件土地につき亡加藤を権利者とする所有権移転登記手続がされる結果が生じたのであるから、このような場合には、民法九四条二項、同法一一〇条の法意に照らして、第三者である上告人東、同加藤、小林金次において、本件土地中上告人らの主張にかかる各土地につき、その主張のように亡加藤とそれぞれ所有権取得契約をし、しかも、該契約をするにつき善意・無過失であるならば、被上告人は、亡加藤の所有権取得の無効をもつて上告人らに対抗しえないものと解するのが相当である(最高裁昭和四一年(オ)第二三八号同四三年一〇月一七日第一小法廷判決・民集二二巻一〇号二一八八頁参照)。しかるに、この理を解せず、本件土地につき被上告人の意図する所有権移転請求権保全の仮登記がされなかつたとの一事をもつて、ただちに上告人らの右趣旨の主張を排斥した原判決は、法の解釈を誤り、その結果審理不尽の違法を犯したものというべきであつて、論旨は、この点において理由がある。

よつて、原判決中上告人らに関する部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(田中二郎 下村三郎 関根小郷 天野武一 坂本吉勝)

上告代理人水谷省三の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすべき明かな法令の違背がある。

原判決は本件土地についての被上告人より亡加藤徳治に対する売買を登記原因とする所有権移転登記は登記原因を欠き無効であり、この登記が無効である以上登記には公信力がないので、亡加藤徳治より上告人らに対する各所有権移転登記もまた無効であるという。

しかしながら、右判断は登記の公信力に関する法理の解釈適用を誤つたものである。わが国の法制上登記に公信力がないというのは、絶対的なものではなく相対的であつて、真の権利者の利益よりも取引の安全を保護すべき場合には、公信力を認めたと同様の効果があたえられ、善意の第三者は無権利者からの権利の取得を有効と認められるのであつて、権利者の直接の相手方に対する無効が直ちにその相手方と取引をした善意の第三者に対する無効をきたすものではなく、善意の第三者に対する関係においては、無権利者の登記は真正有効な登記と同一の効力を認められ、この範囲においては登記に公信力ありとされるのである。この趣旨のもとに、すでに、仮装登記については民法第九四条第二項を類推適用すべきこと御庁判例として確立したところである。(御庁昭和四五年七月二四日第二小法廷判決昭和四〇年(オ)第二〇四号事件)。

そして、不実の登記が権利者の行為を原因として生じた場合には、登記の外観を信頼した第三者に対して権利者が責任を負うべきことは、権利者の行為が虚偽表示により無効であると錯誤により無効であるとによつて異る謂はない。

被上告人代表役員奥田二恵は本件土地につき所有権移転請求保全の仮登記をする意思を有し、その登記原因証書とたやすく誤信して不動産売買契約書(丙第二号証)に署名押印したため、これを原因証書として売買を登記原因とする亡加藤徳治への所有権移転登記がなされたものであつて、(被上告人は右仮登記の相手方は定つていなかつたと主張するけれども、甲第四五号証其の他……「一、残りの土地の買主は中神さん、加藤さん何れの名義で進まれますか」の文意は、名義人は亡加藤徳治でもよいとの趣旨に解すべきであるが、かりに、そうでないとしても被上告人が上告人らに対して責に任ずべきことに変りはない)。この亡加藤徳治への所有権移転登記は被上告人の行為を原因として生じたものであり、上告人らはこの登記を信頼して亡加藤徳治から、それぞれ売買により本件土地の各一部を取得しその登記を経由したものであるから、被上告人は上告人らに対しては亡加藤徳治の無権利を主張することはできず、上告人らはそれぞれ本件土地の各一部を有効に取得したものである。

御庁昭和四一年(オ)第二三八号事件昭和四三年一〇月七日第一小法廷判決は、

売買予約を仮装した所有権移転請求権保全の仮登記をした者は、不正委任状によつて本登記手続をされた場合に、仮登記の外観に基いてなされた本登記を信頼した善意、無過失の第三者に対して責に任ずべきこと(民法第九四条二項第一一〇条の法意に照らし)外観尊重及び取引保護の要請というべきである。

と断じている。本件は右判決とその事実につき、

1 権利者が仮装により所有権移転請求権保全の仮登記をする意思を有していたこと

2 権利者の意思に基かず所有権移転の本登記がなされたこと

3 第三者が本登記の外観を信頼して取引したこと(被上告人が上告人らの善意無過失を明らかに争わないことは記録上明かである)

の点において全く同様であるから、原判決はすべからく右判決と同旨の判断をなすべきところ、これと相反する判断をしたのは失当である。

以上の理由により原判決は破棄を免れない。

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